uropatho’s diary

泌尿器病理医によるブログ

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前立腺におけるIDC-Pについて

こんにちは

 

前立腺癌では導管内に癌が進展・増殖する場合があり、intraductal carcinoma of the prostate: IDC-P と呼ばれます。

 

 2016年のWHOブルーブックでは「intraductal carcinoma」として記載されています。

WHO Classification of Tumours of the Urinary System and Male Genital Organs (World Health Organization Classification of Tumours)

WHO Classification of Tumours of the Urinary System and Male Genital Organs (World Health Organization Classification of Tumours)

  • 作者: Holger Moch,Peter A. Humphrey,Thomas M. Ulbright,Victor E. Reuter
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普通に導管内癌と聞くと、上皮内癌のような印象をうける方が多いと思います。

しかし、「IDC-P = 予後不良因子」 です。

数年前から学会では耳にすることが増えてきましたが、まだまだ一般的には認知されていないと思います。

 

IDC と聞くと乳腺の invasive ductal carcinoma を思い浮かべる人が多いかもしれません。

 

・乳腺だとIDC=浸潤癌

・前立腺だと IDC = 導管内癌

となるので病理医としては結構ややこしい略語です。

 

私は泌尿器病理をみることが多いのですが、たまに乳腺の生検を診断することもあります。そこで「臨床的にはIDCを疑います」と依頼用紙に書かれていることがあるのですが、「DCIS疑いね」と勘違いして顕微鏡に向かうことがあります。(DCIS = ductal carcinoma in situ )

 

IDC-Pの組織像 

左はHE像・右は34βE12の免疫染色です。

画像のように基底細胞が保持されており、良悪にかかわる重要な「二相性」があるように見えます。

このように dense cribriform pattern ~ solid pattern を示す場合には「悪性である」と診断することは難しくないと思いますが、もっと管腔が多い loose cribriform pattern や micropapillary pattern などの場合は、PIN(とくにHigh grade PIN)との鑑別が難しいと思います。

むしろIDC-Pという概念を知らなければ、他に基底細胞を欠いた通常の浸潤癌の部分がない場合に癌と診断することができない可能性があります。

 

予後不良因子であるという情報も大切かもしれませんが、それ以上に「基底細胞が残存していても、高悪性度の癌の場合がある」ということを知っておくことは病理医にとって大事なことのように思います。

  

HGPINと迷う場合

WHOのブルーブックには、先の loose cribriform pattern や micropapillary pattern の場合は、「高度の核異型」か「Comedonectosis」を有することがIDC-Pの特徴だと書かれています。

(高度の核異型 = 核のサイズが通常の6倍以上)

さすがに6倍という数字は目安として考えることになると思いますが、それくらい強い核異型があるときに限ってIDC-Pと判断したほうが良いのだろうと私は勝手に解釈しています。

杓子定規に核が大きければIDC-Pなどと考えてしまうのは避けたいところです。

病理総論的には、核が腫大することは悪性でなくても起こりえます。放射線照射の影響であったり、viral infection (サイトメガロなどなど)、再生性の変化であったり、、

前立腺においては精嚢根部に近いCZの腺管では、変な核異型をみることがあるように思いますし、精嚢上皮は見慣れないうちは強い異型があるようにも思えます。ここの部位の上皮内にはpigmentを有することが多いので、茶褐色のpigmentがあるときは正常の構造だなと判断すればいいと思います。

 

個人的には、生検でIDC-Pかもと思っても確信がなければあえて記載する必要はないと思います。むしろ他に浸潤癌の成分がなく、HGPIN か 悪性か判別困難な時はそのように記載してフォローか再生検をうながすほうが安全だと思います。

 

前立腺癌は浸潤つまり基底細胞の消失があってはじめて癌と診断できるというのが基本ですので、新しい概念を知ったからといって「IDC-P」を連発するのは気をつけないといけないと思います。

 

前立腺癌での overdiagnosis については注意が必要

悪性腫瘍の中には「見つかっても助からない癌(悪性度が高い)」や「見つからなくても死なない癌(悪性度が低い)」があります。癌種にもよりますし進行度にもよると思います。

もちろん前立腺癌の中でも「ほっといても死なないもの」と、「非常に予後の悪いもの」が存在します。ただし、様々な癌の中でも前者の数が多いというのが前立腺癌一般的な特徴ではないでしょうか。

IDC-Pは独立した予後不良因子ですが、たとえばGS 3+3 のような予後の良い症例において、IDC-Pが見られるというのはよっぽど特殊なことだと思います。

前立腺において根治的治療は大なり小なりQOLを損ないますので、タカ派の診断による over grading には充分に注意する必要があると思います。

基本的には4+4以上の高悪性度の症例において、さらに偏倚した性質を持つものという理解で良いのではないでしょうか。そのような検体内にIDC-Pがあれば付記するというスタンスが望ましいと思います。

 

遺伝子的には?

前立腺癌ではPTENの欠失 = more aggressive disease と言われています。これがIDC-Pにおける遺伝子異常の鍵となっている可能性があるようです。

 

WHO2016の中で引用されている文献を中心にアブストラクトだけですが見てみます。

 

ひとつはLOHについて調べた文献です。649 

www.ncbi.nlm.nih.gov

・Gleason 3 や PIN にはLOHがない or まれ、一方、IDC-P (60%)と Gleason 4 (29%) ではLOHが見られた。

・prostate cancer evolution においてIDC-PとGleason 4 は晩期に起こるeventである。

 

1110 

www.ncbi.nlm.nih.gov

・cribriform HGPIN and IDC を比較

・ break-apart FISHを用いてETS遺伝子の異常を解析

・ERGの再構成はHGPINで0%、IDC-Pで75%に認めた。

・ETV1, ETV4, or ETV5 については再構成は見られなかった。

2つ目はERGの再構成がIDC-Pに特徴的だという要旨の論文です。

 

1723 

www.ncbi.nlm.nih.gov

・ PTEN and ERG の免疫染色を用いて、PINとIDC-Pの鑑別が可能か調べた。

・Cytoplasmic PTEN loss はIDC-Pでは84%に見られ、PINでは0%であった。

・ERGの発現はIDC-Pで58%に、PINでは13%に見られた。

・PTEN/ERG status はIDC-Pとその周囲の浸潤癌で高率に一致した。

・PTEN loss はIDC-PとPINの鑑別に有用なマーカーである。

3つ目は免疫染色で調べているため敷居は低いですし、特異度100%ということであり、一見使えそうに思えます。ただし陽性マーカーではなく loss を見なくてはいけないという点で染色上や評価の上での難しさがあるかもしれません。

 

www.ncbi.nlm.nih.gov

4つ目は、上の3番目のペーパーと良く似た論文ですが、著者をみると、いずれもEpsteinの名前が入っていますので、同じGroupでしょうか。2013年にModern pathology で出した内容を踏襲して、needle biopsy ではどうかという点で2015年にAJSPに載せています。

・IDC-Pでは PTEN loss が見られるがPINでは認めないということ(ERGはやや陽性率が下がる模様)。

・PTEN と ERG の免疫染色は有用である。

この論文ではFigureもフリーでみることができます。リンク先をみていただければわかりますが、多重染色がなされており、PTEN (brown), ERG (purple) and basal cells (red) と色合いを判別するのが難しいです。

私が多重染色に慣れていないこともありますが茶色・紫・赤なので色味が近くてかなりにぎやかしい印象を受けます。ERGは腫瘍細胞の核に染まるので判別できますし、基底細胞は腫瘍細胞とは異なる分布で染まってくるのでこれも判別はできます。PTENについては腫瘍細胞の細胞質をみなければいけませんが、バックグラウンドがかなり茶色になるため慣れないと陰性の評価が難しいのではないかと感じました。

最後に

前立腺癌においてIDC-Pという概念があるということを念頭においておけば、多くの場合それほど診断困難な病変ではないと思います。

以上、診断のご参考になれば幸いです。

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